2019/08/09 (Fri) 03:11:43 嫉 - 小話集

キャラの裏話とか、小話とか。
昔話でも載っけてきましょうぞ( ˇωˇ )

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2019/08/09 (Fri) 03:14:53 __昔昔、まだ彼が魔法学校に通う前のお話。

『1、2、3……。うん、丁度だね!』

『ありがと、おにーさんっ!また今度も宜しくねー!』





俺はそう言って、羽織らされたシャツを握り。
路地裏から足早に去ろうとする彼に手を振っていた。

にしても相当な物好きだ。初モノでも無い少年をどうにかしたいなんて。

……まあ、同意の上で許してしまう俺も俺だろうか。

別に、金に困ってるわけじゃない。親に強制された訳でもない。寧ろ自分から進んでやってる。
嗚呼、たしかに俺の家は金に何ら困ってはいないし、家族関係も悪いという訳では無いさ。
むしろ良好なぐらいだ。

…だからこそ、なのだ。だからこそ、非日常が。
スリルを、普段では味わえないあの恐怖感、緊張感、快感を味わいたい。

それを味わう為なら俺は何でもした。
親の目を盗んで家から抜け出し、女性の鬱憤晴らしから男性の処理迄。
其の後、望んでもいないのに渡れる金銭は臨時のお小遣いのようなものだった。

もちろん、稼ぐ為にやっているわけじゃない。
ただ、俺は楽しいことをしたかっただけだもの。
楽しいことを、大人が教えてくれたのだもの。





『…今更違う、なんて。誰がきけるかよ。』


『しょーがないじゃん?コレが楽しいって覚えちゃったんだもんね。』


『にゃはは!結構得しちゃったな!今日は奮発して、バタービール買っちゃおっかなー!』

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2019/08/09 (Fri) 04:48:07 山間の町にて

【機密】

前綫遊擊部隊戰鬪詳報 年四號
 急襲及重要物資奪還作戰
 七月二十七日 時 二一〇〇
        年 二〇〇九
 「ヴォルトハルム魔法魔術学園」全域

一.戦闘開始時迄ノ一般情勢
 作戰發動セラレ、前綫遊擊部隊員ヲ統率シ作戰領域ニ急行
 一九三〇、滯リ無ク作戰領域ヘ到逹ス
 所定位置ニ各部隊ヲ迅速展開シ、前方偵察ヲ實施スル
 以後、作戰開始時刻迄待機トナル

二.戦闘實施(戦況混乱ニ付キ詳細ハ別紙ニ記入)
 學園内部ノ工作活動ニヨリ防壁ヲ破壞、侵入經路ヲ確保シ急襲ヲ開始
 魔法生物羣ニヨル攪亂ヲ利用シ、重要物資奪還ノ爲行動スル 
 
三.令逹被害報告等
 重輕傷者ハ夛數報告サレルモ、死傷者無シ
 作戰ハ完遂サレタモノトスル

四.戰果
 「バルクロフの棺」及「ヘーゼルダインの万年筆」



     §          §          §          §



オフィーリア・ベスターは、与えられた自室の窓から、初夏の日ざしに映える山なみを見つめていた。
頂き近くの山頂に、いまだ残雪の斑をとどめる峻嶮である。
その両肩からは重畳たる支稜が伸び、まるで雄々しい腕の中に抱きとめるように、街を三方から囲んでいた。
着任前に地図を開いたときには、絶好のアクセスを備えた賑やかな街をまず想像していた。
しかしこうして自分の目で見てみると、いかにも全てが終着する山間のひなびた町という感じがする。
老夫婦が余生を過ごすには絶好の土地だが、仕事をするには些か大人しい。
そういえば境の歓迎アーチも心なしか色あせて見え、鉄道を出て来る人々の姿のほとんどは登山客だった。
しかも当分の住み家となるホテルは、町からさらに山ぶところに入った場所に有った。
老舗の中には既に廃墟となったところもあり、眼前に迫る粗い山肌ともあいまって、その寂れようといったらただごとではなかった。
退屈な時間になりそうだと、オフィーリア・ベスターは体のしぼむほどの大きな溜め息をついた。
「…………んーっ、ふぅ」
羊皮紙の上で独りでに動く羽ペンの動きを止めて、椅子を軋ませながら大きく伸びをした。
激務続きでつい後回しにしてしまっていた学園襲撃の記録もひと段落して、これでやっと息をつける。
大きな窓を開け放って、吹きこんでくる風を全身に浴びた、山を下りる風は冷たく、心地いい。
ゆるく結んでいた銀色の髪が解けて、陽光を受けて輝く小川のように、吹きぬけていく風に流されていた。
町まで下りて、特産品なんかを物色しながら、歩いてみるのも良いかもしれない。
そんな風に考えながら、長い仕事で火照ってしまった体を、ゆっくりと冷やしていくのだった。

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2019/08/16 (Fri) 00:17:40 時間のアラカルト

 実のところを言えば、ジョゼフ・ルイ・アンクティルは彼女の兄ではなく、従兄であった。しかしながら、アンクティル本家の人間は皆同じ屋敷で暮らしているため、一般的な兄妹との違いはそれこそ、血の繋がりの濃さ程度のものであっただろう。容姿もよく似通っている。鮮やかな金髪にシルフのごとく繊細に整った面立ち。手を繋いで歩けば誰もが兄妹と判断し疑いもしなかった。『兄妹』たちの方もまた、否定しようともしなかった
 ジョゼフは彼女の王子であり、神であり、そしてなによりも、兄であった。彼女、マリアンヌ・リヴ・アンクティルはこの七つ上の従兄を、いっそ崇拝していたと言っても過言ではないかもしれない。

「ねえ、お兄様?」

「なんだい、小さなお姫様」

 幼い少女の声が鈴を転がすように呼ぶ。若い、今まさに少年から男へと変わろうとしている青年の声が優しくそれに応える。少女、マリアンヌ・リヴ・アンクティルはぷぅ、とやわらかそうな頬をふくらませた。

「わたし、もう小さくないわ、お兄様。この前のお誕生日で九歳になったのよ」

 ジョゼフは声をあげて笑った。ごめんよ、マリー。そうして、少女をリードしてくるり、と一回転させる。そのリードを的確に受けて軽やかに回転した少女は、もう!とさらにむくれかえった。ピアノはなめらかにワルツの曲を歌い、そこに優雅に絡んでいたヴァイオリンは弾き手の笑いを反映するように小刻みに震えて、そして暫し歌うのをやめた。いかにも子供らしい少女の主張を笑いながら、彼らの家庭教師は再び、ヴァイオリンを構える。実際、マリアンヌの踏むステップは大人顔負けの優雅さだった。背筋は正しく伸ばされ、舞踏靴を履いた小さな足は淑やかにジョゼフの足を追い、彼のリードになめらかに反応してターンやリフトに応じる。年のわりには背が高く、また文字通り背伸びしてかかとが高めの舞踏靴を履いているから、七つも年上の従兄と踊ってもちんちくりん、とは見えなかった。その調子です、お嬢様。声をかければそれ見たことか、と言わんばかりの得意気な視線がジョゼフを見上げ、彼を笑わせた。緑の瞳が優しく細められる。碧玉、それもとびきり上等で、とびきりの職人に磨かせたような最高級の碧玉を、柔らかな春の陽光に透かしたその輝きのような瞳だ。

「たしかに、ワルツは本当に上手になったね。これなら、ソフィア伯母様も春の夜会には連れていってくださるんじゃないかな?」

「本当!?じゃあその時はお兄様がわたしのエスコートをしてね、約束よ?」

 最後は再び、くるりと一回転してから、礼を。ジョゼフの手がマリアンヌの小さな頭を撫でてそう言えば、彼女はわかりやすく顔を喜色でいっぱいにして従兄に飛び付いた。青い瞳がきらきらと輝いている。ジョゼフの瞳が碧玉ならば、マリアンヌの瞳は湖だろう。深い、大きな湖の、深いところの青。沈めばきっと二度と浮かび上がることも無いであろう、最も深い色だ。家庭教師が二人を促して食堂へと向かう。せっかく舞踏用の服を着るのだからと、今日の昼食は簡単な昼餐が設けられるのだ。ジョゼフが白い舞踏用の上着に包まれた腕を差し出せば、淡いブルーのロンググローブをはめたマリアンヌの小さな手が当たり前のようにその腕をつかむ。クリスマス休み二日目の午前は、そうして過ぎていった。

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2019/08/16 (Fri) 02:48:34 変身

人間であった。


魔法は熔けて醜く、切ない現実を露呈させる。
首を絞めて、泣きながら愛と赦しを乞う己こそがその代弁者だと、口を開けるだろうか。

人間であった。
小さな島国で生まれたまごうことなき人間であった。少し人より優秀で、思慮深い人間であった。それでも、人を傷つけることは否とする"出来た"人間であった。
特筆することは何もない平凡な人間であった、筈なのだ。


人間であった男の家は少し変わっていた。
それでも、特筆することは何もない平凡な人間の家である。
海外に嫁いだ女が居る家庭だった。清楚な花の薫りと異国の臭いをさせて明るく笑いながら海外の砂糖多目の菓子をカラカラ笑いながら差し出す良い女性だったと覚えている。
女が何時しか変わっていたのはどの季節だっただろうか。奇しくもそれは暑く生温い夏だった気がするのだ。
シトリンが増えた。
女に子供が出来たのだ。

人間であった男はシトリンを携えた子供を大切にしなさいと言い付けられていた。
理由は分からない。
分からないままで居たかった。
愛していると、囁きあって見つめあうそんな限りのない未来を望んでシトリンを愛していた。
献身的な愛。
大切に大切に自分のものだと、宝物だと囁いて愛した。
自分は持たぬシトリンを美しいと思ったから、シトリンを持つ人の心根が美しいと思ったから。
幼くとも、これは永遠の愛だと誇れる愛。

思い描いた未来が音を変えて色を変えて取り換えられたのはたったの二時間。
その人と過ごした何百倍にだって成りうる薄っぺらい時間だった。
その間に、沢山の人が死んで、喜んで、咽んで、泣いて、慟哭し、失望し、期待し、愛し、恨み、

きったない、汚れた色だった。あぁ、あの人が見なくて良かったと下らなく息を吐いた。


花の薫りと異国の臭いをさせて帰ってくる女の形は亡くなって。
己を産み落とした両親は赤に塗りたくられ、
知らないおっさんは汚い顔面晒して息をすることを諦めとって、
あの人は、
シトリンは、


俺の腕の中で嘲笑っていた。


正直に言えば、喝采を浴びることに抵抗はなかった。
だって、これは永遠の愛だと認めたのだろう?
まさか、あの人が、人が、死んで、息絶えた事を喝采する大馬鹿者など居ないだろう?
祝福だ。
なぁ、永遠になれるんやって俺ら。
嬉しい?悲しい?どう?恥ずかしい?



教えてくれ、






狡猾さを笑って、夏を繰り返して。夏の色を染めていった。シトリン。蜂蜜の色。ひまわりの色を。
生温い、夏を繰り返して。





ある朝起きたら毒虫になっていた。









「……………あーぁ、夏はいややねぇ。」

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2019/08/17 (Sat) 23:08:46 あの日から

Wilson・C・Wild

ここは人間の腐った臭いがする。私利私欲の為に奪い、殺し…そうして今日も"それ"は起きた。
普通の日常というものがこれなのだがら住んでいるだけで心が廃れていく、欲望のまま高らかに上がる声や狂気に侵されたか絶望したかで上がる悲鳴、常識もクソもない世の中そのものを嘲るような人の肥溜めに男は産まれた。7歳にして盗みを知り、10歳にして殺しを知り、17歳にして魔法を知った。
薄汚れたみすぼらしい格好で、腐った果実を頬張りながら死霊のように彷徨っていると同じような格好をした男と肩がぶつかる、謝罪?する訳もあるはずもない、唐突に始まる殺し合いに何の躊躇いも疑いもなかった、自身はわざとぶつかったのだ、こうしたいがために。そんな喧嘩に明け暮れた日々を続けてもう20歳になる、他国の常識では成人式なるものを迎えるはずらしいじゃないか、「そりゃ美味ぇのかよ」。くだらない質問を道端にいた大柄な男に聞いてみるも答えるのが面倒だと言われた、自身は悪魔のように歪に口角を上げて殴りかかる、馬乗りになって気を失う直前まで、そして無理やり聞き出すが大した面白みもない話だったので途切れそうな男の意識にトドメをさした。大柄な男を椅子にして退屈そうにしていると、やたら高そうな服を着た紳士、そして手を繋ぐ子供がこちらに向かってきた。
紳士は「何をしとるのかね」と、訊ねてきた。なんでもないような退屈そうな顔をして俺は「暇つぶし」と答えた。たまにいるのだ、こういった物好きな奴が、自分がどれだか金持ちなのかを見せびらかしたいのか、それとも自分は特別なんだと知らしめたいのか、まぁどちらにせよ獲物には変わりない。紳士は呆れたように額に手を当て息を吐いて息子であろう手を繋ぐ子供に「いくぞ、もうじき日が暮れる」と言って踵を返した、今がチャンスだ、背を向けた紳士にいつものように殺す気で飛びかかる…いつもと違ったのは、その子供が掌から黒いモヤを出して自身の体を拘束した事。「あ"ぁ?!解けガキ!!」声を荒らげて叫んだが、地面へと叩きつけられた、全身に激痛が走る、これが魔法か?それも闇魔法、そうかこいつらは自分達より弱い存在である俺達を快楽のために魔法で殺しに来やがったんだと悟った。ズキズキと痛む体を持ち上げ少しでも抵抗の意思を見せるが、次あんな事をされたら確実に意識がとんでしまう、そんな覚悟をしているさなかその子供は自身に近寄ってきた。「あぁ…終わりか。どうせなら…一人くらい殺しとけばよかったな」最期の言葉となるはずのそれは、次の子供の一言で事態を大きく変えた「こんな街にいて、誰一人として殺さなかったの?今のいままで人を手にかけなかったの?」、最期くらいは素直に答えてやるか。「死んだら"生きられねぇ"だろうが」自分でも何を言っているのか分からなかったが、もうどうせ死ぬのだから考えるだけ無駄…「面白いやつ…うちにおいでよ、歓迎する」と、子供はクスクス笑いながら俺にそう言ってきた、さっき自分が放った言葉以上に理解出来ないものがそこにはあった、うちにこい?どういう意図があってそんな事を?駄目だ意識が……


目が覚めると俺はベットの上にいた、見たことも無い眩い光が辺りを照らして身体の至る所に柔らかくて白い布?のようなものが巻かれている、理解が追いつかないことはかろうじて理解できた。
ムクリと起き上がると、先程の紳士と子供が「やっと起きた」と声を揃えて、二人とも似たような格好で椅子に座って茶色の水を啜っていた。俺は色々質問した、まずこの身体に巻かれている白い布は包帯というらしい、そして二人が飲んでいる茶色の水は紅茶と言うんだそうだ、一番気になったのは「俺はどうしてこんなとこにいンだ…?」という事だ、話を聞くとあの後俺はこのガキに闇魔法で運ばれて連れてこられたらしい、奴隷として飼われるわけでもなく今までよりも全てがいい環境で過ごすこととなった。ここは闇魔法で人助けをする物好き名家、俺はこれからここで何をさせられる?と問う、紳士は服を見ろと俺に言ってきた。よく見たら服を着替えさせられている、これは何だ?どうやら執事服というらしい…


続く

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2019/08/17 (Sat) 23:39:35 ギャンブラー

あぁ、イエス。全てに感謝して
何て、言うとでも思うのか? 

酒やタバコ博打に溺死出来れば何れ程良かっただろうものか。
フラりと町に出る癖はいつ頃付いたのだろうか。
敢えて、記憶の中で腐った女の匂いを綴、追うのは罪だろうものか。
イエスも処女も汚して、左様ならと戯れ事を吐けるくらいにはもう信心深く無い。
一番消したい罪の為に新しい罪とか咎を重ねて塗りたくる。
滔々と汚濁した水とペンキで汚して。
幼い、いたいけな心に柔い安価な混ぜ物の多いバーボンでも染みさせて、汚してしまえ。
そうすれば、そうなれば、あの人が愛した名前と一緒に俺も死んで共に永遠になれる。
あの日、確かに俺は死んだんだ。

Rolf=Yvo、シンプルな名前と少しだけ派手な容姿。
特筆することは何もない平凡な毒虫、いいやニンゲンだ。
ソイツは惰性で生きてるとは言い難い。欲も人並みには存在する。食欲も肉欲も、物欲も。何一つ欠けちゃいないのだ。使い回されたストーリーとは異なる筋書きでご期待に添えず、大損で、なんて。君が世界を回せる全知全能の神だとしたら今すぐに進言してくれ。菓子折りを持って無礼を詫びにいくよ。
つまり、俺は何一つ悲観していないんやってこと。
希望に充々、静観してはいるかもしれんけどそれでも祈ることを止められんただのニンゲン。
特筆することは何もないんだ。


最初から本題から反れる事だって、そりゃあある。
「で、本題なんやっけ?」
人が吐いた言葉をなぞる、殉ずる。そして思考を回す。そして、己が育った環境で洗脳された思考のなかで自分なりの正解を探し当てる。それは至極当然の通り。誰も責められないのだ。だから、その世界の理に肖って、下らなく薄っぺらな机上だけの思考で会話の応酬をしよう。
脳を酒やタバコ博打に浸して、カラッカラにしてから


さぁ、さぁ。イエス。
全てに感謝して会話しようじゃあないか。君が神だというならば、俺は何者かを教えちゃあくれないかい?
平凡な人間、なんてくだらないアンサーは望んじゃあいないんだ、判るだろう?
なんたってきみは、神なんだ。
今夜、主夜。
神も目に留まらぬ様な脳からからの出任せで。
この世界の理に難癖を付けようではないか。

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2019/08/18 (Sun) 02:19:59 あの日から(その2)

Wilson・C・Wild

「しつじ、ふく…」この着ている服の名前の事か?服一つ一つに名前があることを初めて知った、口に含んで美味いと感じるものがあることを初めて知った、気に入らないなんて理由で人を殴ってはいけないということを初めて知った、人から受ける愛情がこれ程までに心温まるものだということを初めて知った。
この世の中は残酷で薄汚く脆い、世界の仕組みを知り尽くしていたと思っていた。ところがどうだ?俺よりも小さいガキに覚え切れないほどの、数え切れないほどの知らない事を教え込まれた、その時のガキの表情はどこか楽しげで雄弁に語っていた。そしてガキはふと何かを思い出したように「そういえば名乗るのが遅れた、俺はCase・Rivalta(ケイス・リヴァルタ)、お前の名前は?」さっきから思っていたが何だこの馴れ馴れしい態度は、生意気だ、だが俺はこいつに負けた。「…Wilson、Wilson・C・Wildだ」敗者は強者に従う事で明日生きることを約束される、それがこの世の摂理だから俺は正直に答えたんだ、嘘偽りなく。
俺はケイス…もとい坊ちゃん?に城内を案内された、坊ちゃんというのはここでのもう一つの名前みたいなものだそうだ、俺と同じ執事服とやらを着た連中もコイツの事をそう呼んでいるから俺もそう呼ぶことにした。「なァ、坊ちゃん」大方の案内と説明を済まされたあと俺はケイスの事を周りのヤツが呼んでいるみたいに呼んだんだが…「ぷっ、ははははっ!似合わなすぎでしょ!」と嘲笑われた、なんなんだこのクソガキは、間違えた言い方はしてないはずだ、いつもならすぐ半殺しにするが今日は色々あって疲れたし特別にやめておいてやろう、勝てる気がしないというのが本音だが。「俺ァその執事?なんだよな。なにすりゃいいンだよ、坊ちゃ…ケイス」今度は笑われないように名前で呼んでやったら「主には敬語と敬称!」と言って拳の形をした黒いモヤで俺の腹を殴ってきやがった、当然俺は蹲って掠れた声で「何しやがんだクソガキィ…」と、呟く。今後こんなことがないように俺は空いた時間に山での修行をすることにしようと決めた。

あれやこれやとあって、早いもので10年が経った。俺が拾われた日から長い月日が流れゆき多少は親切心というものが知れたかもしれない。当時12歳だったケイスは22歳、俺は30歳となったある日にケイスの親父が俺を部屋に呼び出した、ケイスと一緒にだ。ケイスの親父は俺達に向かって「ウィルソン、今日まで私の専属執事ご苦労だったね、これからはケイスの隣にいてやりなさい」と言ってきた、一度断ろうとしたが珍しい魔道具をくれるとの事で仕方なく承った、それは使い手の魔力を蓄積&放出(チャージ&ファイア)することの出来る優れもののレイピアだそうだ、持ち手にRivalta家の家紋が彫ってある。とりあえずはケイスの専属世話焼き係を任されたって話、まったく最高だな畜生が。だからといってやる事は変わらない、世話する対象が変わるだけなんだ、今までと変わらないさ…その時のケイスの顔がやたらと嬉しそうであり哀しそうだったのを覚えている。この俺が専属でついてやるんだから嬉しいのは分かるが、なんで哀しそうなんだ?その理由はすぐに分かった、2年後、ケイスの親父は死んだ。

「服装を乱すな、シャツをしまえ。サスペンダーは肩にかけなさい、だらしないから」

「ほら、まだこんなに仕事が残ってるじゃないかウィルソン、今日中に終わらせなさい。私も手伝うから」

「いいかい?強く生まれた者は弱く生まれた者を護ってやる義務があるんだよ?って、私の話をちゃんと聞きなさいウィルソン!」

いつもんな事ばっかり言ってたな、俺を半ば強引に自分の専属執事にしてこき使ってくれたいけ好かねぇジジイが死んだだけの話だ、清々したってもんだ。俺を最初に見つけたのはあのジジイだったな、自分の事より他人の事ばかり、いつだって誰にだって微笑んで、俺が悪い事すりゃこれ以上ないと思える程めいっぱい叱るくせに、ちょっといい事すりゃそれ以上に褒めちぎりやがる、誰よりも俺を近くに置いて誰よりも見ていやがった。葬式の日は晴れ晴れとした快晴だったはずなのに、そんな事を思い返したら俺にだけ雨が降ってきやがった…。


それからまた10年、20年が過ぎ私は年老いた。44歳になったケイス坊ちゃんはもう坊ちゃんではなく旦那様となり逞しく成長なされ奥様となるルーシィという女性を連れてこられた。その一年後にお嬢様が産まれ、私はお世話をさせていただくこととなり旦那様の専属執事でありながら執事長も務め毎日を充実させていたのだ。私は今53歳、Rivalta家は代々4歳になると魔法の訓練を始める、お嬢様が4歳になる頃には私は57歳の老人となってしまっていた。お嬢様は魔法のコントロールが上手く訓練は順調に進んだ、その度に私めにハイタッチを求めてくるお嬢様が、失礼だが可愛らしくて仕方なく、この幸せな時間が続くのなら…と、そう思っていた。ここで長い時間を過ごし忘れていたのだ、私達が住まう区域は腐った人間が住み着いているという事を、私も元々はそっちの人間だったという事を……。

3年後、お嬢様は7歳の誕生日を迎えた。喜ばしい事だ、家族は勿論のこと執事やメイドが全員でサプライズの生誕祭をしようと企画していた、旦那様は既に過ぎ去った私の60歳の誕生日を、丁度いいから一緒に祝ってくれるとの事で思わず涙を流してしまった。あの時の事は忘れもしない。私は朝見た記事の内容など忘れてしまっていたのだ、最近闇魔法を使う人間が襲われ次々と消されていっているという記事を。
闇魔法というのは忌み嫌われている、殺傷術や呪術といった禁術を扱うイメージがあるからだ。恨みを持つ者も多い、当然だがここもターゲットにされた。浮かれた気分でいると執事長である私に部下が伝達をしてきた、「門前で謎の集団が暴れています!どうかお力添えを!」との事だ、このめでたい日になんと場違いな…私はその時珍しく少し怒っていた、さぁ主君の邪魔をさせる訳にはいかないと門前まで来てみれば、裏口から謎の集団が入り込んだとの知らせがあった。私はすぐさま旦那様と奥様、そしてお嬢様の元へと向かう、息が荒れるまで走り回り城内の敵を殺さず薙ぎ倒しながら御三方への元へ辿り着く、が…私の出番はなかったようだ、既に敵は旦那様の手によって床に伏せている。相変わらずのようで心の底からホッと安心し、旦那様に「遅れて申し訳ありませぬ旦那様、しかしお見事でございます」と賞賛の言葉を送った。しかし、旦那様は下を向いたままこちらに目を合わせてくださらない、こんな大切な日を無茶苦茶にされたのだから当然、私は旦那様に声をかけようとした瞬間それよりも早く旦那様はこう質問した。

「ウィルソン、20年前の事覚えてるか?親父がよ、死んだ日」

私は当然質問に答える
「勿論でございます、私はあの方にお仕えできて心より…」

私が返事を言い切る前に、旦那様は話を続ける。
「…ウィルソン、今日まで俺の専属執事ご苦労だった、これからは……」
私はゾッとしてそれ以上は聞きたくないと言わんばかりに「旦那様ッ!」と声を荒らげた、20年前旦那様のお父上が亡くなられた時、あの方は同じように跡取りであるケイス坊ちゃんに私を仕えさせた。必死で止める私、しかし旦那様…ケイスは嬉しそうに笑って

「俺達みてぇな闇魔法の使い手は、いるだけで人の悲しみの記憶を蘇らせる、それに今日みたいな襲撃でお前達が傷つく…だからよ、ルーシィと話し合って決めたんだぜ?ウィル、お前は俺の人生の中で…最高のダチだったよ」

旦那様と奥様はお互いに向き合い、闇で創られた槍で互いの胸を貫いた。一瞬の出来事だった、二人は最期の最後まで笑っていたのだ、私は膝から崩れ落ち咽び泣いた、吐血するほど叫んだがこの声ももはや二人には届かない、せめて…

「せめて、返事くらい聞いてから逝きやがれってんだ…ケイス」

落ち着いてからでた言葉がそれであった、お嬢様はなんとしても護りきる、この命にかえても必ず…そう決意した矢先、お嬢様は私に

「ウィルソン、私をお母様とお父様のところへ送って…お願い」
と願った。

私は思わず固まって、「そ、それは…それは出来ませんお嬢様!何卒お考え直し下さいませッ、このウィルソン今ここでお嬢様を命に変えても護ると誓いました、どうかそれだけは…ッ!」と。

無意識に土下座をして頼み込んでいた、これ以上大切な人を失うのは耐えられない、懇願する私の頭にしゃがみこんで手を置くお嬢様は優しく小さな声で「お願い、ね?貴方からの誕生日プレゼントは、それがいいの」と、おっしゃった。

お嬢様の闇魔法は、自身にこうべをたれる人間に触れると自在に操れるというものだった、嫌だッ!よしてくれ!心の中でどんなに叫んでも身体は止められない、私の身体はゆっくりと立ち上がり、あろう事か旦那様のお父上から授かったレイピアに手をかけた。

先に逝ってしまわれた御二方のように、お嬢様は笑って「そんな顔しないの、ウィルソンは笑ってた方が素敵なんだから、ほらね?」

私の体を操り無理矢理笑顔にさせた、これ以上止めても無駄なようだ。それに私個人の意思を"主人"であるお嬢様に押し付けるのは執事として愚の骨頂、これはお嬢様が望んだ最期の願いなのだから、せめて一言だけ悔いを残さぬよう、向こうで待っている親友ケイスとその奥方ルーシィその伝言を。

「お嬢様…私はッ、リヴァルタ家にお仕え出来て…心がら"っ、じあわ"ぜでした…」

私は覚悟を決め、泣き顔でくしゃくしゃな言葉遣いをしながら、右鎖骨から左脇腹へ、痛みを感じさせないように……お嬢様の、命を絶った。

旦那様に拾われたあの日から、お嬢様を斬ったあの日から、もう43年も経つ
泣いて笑って戦って、毎日が楽しかったあの日の事を、私は未だに鮮明に覚えている。
それから行き場をなくした空っぽの箱のような私は、導かれたかのようにヴォルトハルムへと辿り着きそこで教師をするのはもう少し先の話。



終わり

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2019/08/19 (Mon) 00:33:41 青春花粉症

春だ。

花粉を振り撒き、周囲に慢性的な病をもたらす忌むべき春。
青春?青臭いガキが春という名の惚けきった頭で猿みたいに発情すんのを指しとんのやろ?
あ"ー?ええご身分ですね、ッとそもそも青春とやらを送れない根本的原因に近しい形相を浮かべ卑屈と僻みしかない論を並べて居たところで一際大きい笑い声が中庭に響いた。
トロリと視線をスライドさせれば男二人と女一人。
比較的目にする機会が多い三人組だと脳が鞭撻をくれる

喋っては時折小突いて、笑う。
単純な繰り返し作業。
自分も時折落とされる、元気?となにしてるの?に笑って手を降る繰り返し作業を行いながら空っぽの脳味噌で彼らを観察する。あぁ、もう青春の花粉にやられてんのかなと朧気に沈む思考に繰り返し作業の合間に手を降って別れを告げて。
隣にいつの間にか座ってる女と他愛ない会話を交わす。
これも一種の青春か、否か。
違うんじゃない?ととなりに座るショートカットのソバカスが可愛い子ぶった声で笑った。



日差しが仕事に飽きてきた頃、スルリと学園を抜け出した。
街へはよく出掛ける。それこそ己の居も構えているくらいには。自分で購入などできないが人生に多少の苦味が欲しくなってきた女が黙って差し出してくれる。スリルと虚しさしか残らぬ非効率な戯れを指先と口先で遊ばさせてころころ、飴玉でも転がしている様に笑うのだ。
まぁ、理由はどうでも良いとして。
例の青春に身を浸している件の男を見かけることが多くなったのだ。
名前は確か、レオン·ヴェルターナ。
落ち着きなく町を練り歩いては帰っていく。
一度、ついて歩いたこともあるが一向に目的は分からなかった。
歩くことこそに価値を見いだしているのか、否か。
ふと、そう思ったところで先日、遊んだショートカットのソバカスがいつぞやの様に違うんじゃない?と笑った。進言あんがと、と記憶の中の女に手を降って今日も飽きることなく歩いている男をつける。
カフェ、服屋、アクセサリーショップ。男は時折店員に話し掛けてはまた歩く。
暫くして、時計台が見えてきたところで男は小走りに駆けていく。
そこで、漸く納得する。
野暮やったって事か、なんてクルリと足先を回転させて時計台から距離をとる。

どうやら、青春ってヤツはデートの1つにも全力らしい。




日差しが仕事を月明かりにバトンタッチした頃って、時候と自分の汚さの説明は省いて。
何時ものように学園を抜け出そうと寮から出てくれば件の青春組の一人。
アーサー·フォーサイスがぼんやりと空を見ていた。
曖昧にぽつりぽつりと吐き出される言葉にこれまた曖昧に柔らかい風が掻き消す。
彼が吐き出す言葉の相手はレオン·ヴェルターナだろうか。
醜い劣等感。
青春っていうのは鈍性の麻薬すら持ち得ているらしい。
全ての輪廓が曖昧な主夜。
彼の輪廓すらも曖昧にぼかされているように見えたのだ。




件の青春組の紅一点である彼女は随分と元気らしい。
目の前で交わされる会話を一線引いてエンドラインの向こうから見やる。
「ねぇねぇ、ロルフってば!」
気紛れに女が呼べば、笑って髪を撫で付けてやる。そうすれば忽ち目の前の彼女と今日遊ぶ女がキャイキャイ会話を始めて、ついと会話の蚊帳の外に勢いのまま押し出されるのだ。
女の子同士の会話はうつらうつらと移り変わって聞いてて飽きないが、どうにも限界と言うものがある。
彼女達が喋る度に揺れるスカートを暇潰しがてら見ているのももう限界だ。
いい加減に終わらないものかと、諦観にも似た思いで愚痴れば遠目に彼女の彼氏サンと友人が彼女の名前を叫ぶ声が耳に掠めた。
「...あっ、行かなきゃ!またね!」
来たとき同様騒がしく賑やかにバタバタと駆けていく彼女を見送って、自分が相手をすべき女にエスコートをするが如く手を差し出した。



夜の帳が落ちて、良い子が寝静まる頃、なんて安易な良い文句を吐いて外見を取り繕う。
結局は猿みたいに発情して、凹凸擦っているだけだから。
喘ぐ女は今は静かに寝息を立てていて、漸く世界は落ち着いたのじゃあなかろうか。
ログアウト寸前の思考に従って、汚れた純白のシーツに雪崩れ込む。
こうすれば、夜は寒さに凍えることなんて無い。
うつらうつらと中身がない事を吐き出している脳を眠りに引っ張ってやる。
最近、件の青春組を眺めていたせいか酷く疲弊した。
こーゆーのも青春って事でええやん、
緩に境界線を乱す眠気の中で、女がクスリと笑った気がした。
そうね、とくすりくすり、可愛い子ぶった声じゃなく甘く鈴のような声がした。

一夜の女にそんなことを思うくらいには青春ってヤツの花粉にやられたのかもしれない。
境界線が消える間近で最後にそんなことを思う。

 


「青春っていうんは見てるだけでも十分やから、もーええわ」
カラカラと笑えば、そう?と下駄のような笑い声が返ってきた。

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2019/08/19 (Mon) 01:27:49 ばら色の頬のころ

アーサーの手の中に握られている切符は、「9と4分の3番線 ヴォルトハルム行き」のもの。けれど、駅には九番線と十番線しかなく、九と四分の三番線など存在しない。駅員に場所を聞いたところで頭の可笑しい奴だと思われるだろう。
何故ならそのホームの存在を知っているのは、魔法使いだけだからだ。

胸いっぱいの希望と幾ばくかの不安を抱いて、
アーサーは9番線と10番線の間にある柵の前に立っていた。
 
「気をつけてね。くれぐれも校則を破ったりしては駄目よ。」
今年から親元を離れて魔法学校へ入学する息子を心配している母親。
「ヴォルトハルムの教師はみんな立派な人ばかりだからな。良く学びなさい。
ただし、バルクロフ寮には入るんじゃないぞ。あいつらは碌な者じゃない、分かったな。」
マグルが好きな変わり者である父親は純血である事を鼻に掛けている連中を嫌っていて、そんな忠告を寄越してきた。
母親の背後からこっそり様子を窺っている妹は、「いいなぁ、わたしも行きたい。」なんて呟いている。

「うるさいなあ、分かってるよ。遅刻しちゃうからもう行くよ!
またね、父さん。母さん。フィオ!」

家族達に暫しの別れを告げて、アーサーは沢山の荷物を詰め込んだトランクを押して目の前の柵に突き進む。迫る柱に思わず目を閉じるが衝撃が襲ってくることはなく、次の瞬間には少年は9と4分の3番線の鉄のアーチを潜り抜けていた。
ややあって大きな瞳を開ければ、プラットホームに停車する紅色の蒸気機関車が視界に飛び込んでくる。

ホームは生徒たちとその見送りに来た家族やらでごった返していた。汽車の窓から乗り出す生徒達のお喋りに、時折り梟や猫の鳴き声が混じってがやがやと騒がしい。

発車までそう時間もない。アーサーは人混みを縫うように歩いていき、あわてて列車に乗りこんだ。
先頭の二両目と三両目はすでに満員だった。五両目のコンパートメントで、銀髪の少年の隣りにようやく空席を見つけた。

「ねえ、となり座ってもいい?」

了承を得ると腰を降ろし、ひと息つく。隣りに座る少年を再度見遣る。

「もしかして、きみも新入生?ぼくはアーサー・フォーサイス。きみは?」

アーサーはそう言って、人懐っこい笑みを浮かべた。列車に駆け込んだ為か、気分が高揚している為か。その頬は薔薇色に染まっていた。

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2019/08/19 (Mon) 04:19:12 星を創るもの

──二〇〇九年、激動の夏。

二度目の学園襲撃から数えて一夜ばかりが過ぎた頃。ヴォルトハルム魔法魔術学園近郊『リンドハイムの丘』に、一人で佇む青年の姿があった。瑞々しい新緑の葉をつけた木立の元、足もとに生い茂る青々とした草原は、雲間から降りそそぐ月光を受けて柔らかに輝き、辺り一面は穏やかな光の膜に包まれている。空を覆う梢は風に揺られて涼しげな音を立て、広大な草原はまるで海原のようにざあざあと潮騒の音を響かせていた。梢の合間から零れ落ちる光の束は、さしずめ海原から零れ落ちる銀の雫か。ひときわ強い風が吹き抜けて満点の星月夜があらわれると、風景は怖いくらい明瞭になった。光に満ちた闇夜の奥で微かに浮かび上がる学園の輪郭と、空白を埋めるように散りばめられた無数の星影、舞台を隠す緞帳にとびきり似合いの、一枚絵にして部屋に飾りたいくらいの風景だ。吟遊詩人が見れば詩を諳んじて、劇作家が見れば文節の一つを書き上げることだろう、学生にして占星術師の端くれたる青年からすれば、常と変わらず美しいもの、と思うくらいのものだが。

さて、月明かりと星明かりを頼りに本を読み、時折り何かを考え込むような様子で顎に手を当てる彼、高等部三年・ティンダルターナー寮所属の男子生徒であるジョン・スタージョンは、どのような理由を持って『リンドハイムの丘』を訪れたのか?つい先日、『龍翼の騎士軍』と『グリムリーパー』の決闘が行われた─最早、公然の秘密と言えよう─ような場所に、一介の生徒である彼が訪れるような用向きが、果たして存在し得るのか?──実を言えば、彼に深い考えはなかった、連日の事件の為に沈痛な雰囲気が漂い、外出禁止令が出てからは余計に狭苦しく感じるようになった学園を抜け出して、どこか広々とした星の見えるところで自由に物思いに耽りたい、という思い一つで強かに学園を抜け出して、あてもなく飛んだ末に辿り着いた場所がこの丘だった、という至極くだらない理由は、このまま他の誰に聞かれるでもなく、己の記憶の中だけに閉じ込めておくのが丁度良い。

草木も眠る深い夜、である。周りに人の目はなく、また遮るものものもない、草原の一面に決闘の傷跡が残されていることも、魔法の訓練の場として使うには全く好都合だと言えた。ジョン・スタージョンは閉じた本を地べたに放り投げてやにわに立ち上がると、伸びをしてから少し歩いて丘の高いところへと足を運んだ。元から広い場所ではあるが、ここから見ると殊更に広大な土地に見えるものだ。昨夜、この場所で行われた手練れの魔法使い達の決闘に思いを馳せるように、瞳を閉じて一際に深い呼吸をする。伊吹、己の内側を作り変える呼気、冴え渡る意識は星月夜よりも明瞭に、研ぎ澄まされた神経は如実に周囲の様子を感じ取り、呼気の巡りと共に、体の底から沸々と活力が湧き上がるのを感じた。星の内側、熔岩の如き力、正しく俺に相応しい、そんな風な思いと共に浮かんだ微笑みは、数瞬の後には真剣な面持ちへと変わり。

「《彼の中に生命(いのち)あり、生命は人の光なり》────ふーッ。 ……さァて、ここからだ」

赤子を、あるいは揺り篭を抱く形で差し出した両の掌に包まれるようにして、中空に小さくか細い光が灯る。蝋燭の火めいて頼りなく、風に揺られて今にも吹き消されてしまいそうな弱弱しい輝きは、しかし確かに、天に輝く数多のものと同じ光であった。それは詠唱と共に確かな輪郭を形成し、鼓動に同調して脈打つように明滅を繰り返しながら、次第に肥大化を開始する。程なくして、小さな光はおおよそ12インチ程度の光球へと姿を変え、男は深く息を吐き出して呼気を整える。更に深いところへ、眼前の光の他は何も届かず、ただそれだけがある場所へ。徐々に熱を帯びる五体とは相対的に、精神は底冷えするほどに冴え渡っていく。

「────《光は暗(くらやみ)に照り、暗は之を覆はざりき》」

そうして、光球は縮重を開始する。夏の夜に親しい虫の鳴き声にも似て、それより遥かに高く細い耳を劈く音が、風の戦ぐ音ばかりが聞こえる草原に鳴り響く。上限を上回る量の魔力を注ぎ込まれた輝く断片、光球が微弱な高周波の振動を帯び始めたからだ。再び息を吐き出して、吸い込む。精神の集中は更に強まり、光の明滅は更に激しく、そして鳴り響く音は更に高く、光球は既に掌に包める程度まで縮小し、強い輝きを放つ表面が微かに罅割れ……。

「────不味いッ!」

──そうして、音もなく霧散した。後にはただ、薄く輝く複雑な形を作る靄ばかりが残る。その靄も、風が吹けば吐き出した溜め息と共にどこか遠くへと流されて、草原には独り立つ彼の姿だけが残るのだろう。

「失敗、か……然もありなん、ッて感じだな。
 そりゃあ、机上の空論が通用するなら、誰も苦労しねえよ──くッ、ふふ、はははははッ!」

生温い風が吹き抜けて、肌に纏わりつく靄の残滓を吹き飛ばす。落ち込んだ様子もなく冷静に独り言ちる後には、反省すらも笑い飛ばすように大きく笑う。重力と風に任せるようにして、受け身も取らず大の字になって地面に倒れ込み、星を数えながら大きく息を吐き出した。新たな目標と障害、自分の位置の再確認、やるべき事は多いが、今は兎も角、誰にも見付からず学園へと戻らなければ。上体を跳ね上げるように体を起こして、ローブについた泥を払い、本を拾い上げて学園の方向へと向き直る。──夜明けだ。地平線から昇る朝日が顔を照らす、どこか遠くから鐘の音が聞こえる、学園を包んでいた薄暗闇の緞帳は上がり、新しい一日が始まろうとしていた。

彼が無事、寮の部屋へと辿り着けたかは、また別の話だ。

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2019/08/19 (Mon) 23:32:13 引き金を引くのは何のため?

「眞視よ。我等の才は国を守ることに在る」
それがお祖父ちゃんの口癖だった。
私達暁家は代々火薬の才を日の本の為に使ってきた。
古くは元寇の折、元の鉄火砲から精鋭達を守るためにこの才を見出された。
それから道を作り、獣を追い払い、戦国の時代には南蛮から伝わった火縄銃である種子島の量産にも助力したらしい。
文明開花と共に日の本は富国強兵の道を歩みだし、兵器の製造に暁家は材料である火薬の精製に尽力した。
日の本を政治から支えたのが土御門の家であるとすれば、暁家はさしずめ軍事から支えていたのだろう。
そんな暁家が大きく歴史の表舞台に出るようになったのは、皮肉にも日の本が戦争に敗けたことから始まる。 

「眞視。俺達の才は戦うためにある。日の本を見限り、今こそ俺達はその力を以て世界を席巻するのさ」
それがお父様の口癖です。
日の本を見限る…それは、私が生まれるずっと前に遡ります。
日の本はかの大戦で大敗を喫しました。
大陸から送られた指揮官の下、多くの政治家や軍人が戦犯として処刑されたのは周知のことと思われます。
それは、暁家も免れませんでした。
お祖父様の父……先々代の暁家当主は大戦時に数々の兵器、武器の製作に関与していたとして極刑となり、まだ若かったお祖父様がその後を継ぎました。
しかし駐在軍によって暁家は財産を、誉れを失い、お祖父様はアパートの片隅でお祖母様やお父様と細々と暮らすことになったそうです。
かつて日の本の為に先祖代々火薬の才を磨いてきた暁家は、日の本から見捨てられたと云っても確かに過言ではないでしょう。
お父様は、お祖父様からかつて暁家がどれ程日の本と共に歩んでいたかを聞いていたそうです。
そしてお父様は思いました…『日の本が暁を裏切るなら、暁もまた日の本を見限ろう』と……。
しかし、お祖父様は違いました。
極刑となった先々代から最期に聞いた言葉…『この才は如何なる時も日の本に献ぐこと。
これこそ暁の誉れ也』お祖父様はそれを守るためにお父様と対立してしまいました。
お父様は小さな銃火器メーカーを創設し、徐々に業績を伸ばしていったそうです。
その手腕で今では軍需産業を主とした複合企業『アカツキグループ』の代表取締役になったのですから、火薬の才もさることながら凄まじい慧眼を持っていると言えるでしょう。
やがてお祖父様が亡くなり、家督は火薬の才を持つお父様へ受け継がれました。
そして、暁家の一人娘である私もまた、火薬の才に目覚めました。

私はお祖父ちゃんの想いを受け継いだ。
それが父は気に入らないらしい。
私が6歳になった時、父はヴォルトハルム魔法魔術学園へ私を入学させた。
というのも、世界各国にクライアントを持った父は事業拡大のために魔法界へ売り込みを行うことにしたらしい。
魔法界で一般的に用いられる魔法弾は動きが遅い。
そのスピードはおおよそ野球選手の投球並みだろう。
真っ直ぐに飛ぶのだから避けられやすい。
そのため魔法弾は基本的に命中率を上げるために大きく作られるがその分魔力の消費もそれなりに大きい。
かといって消費する魔力を抑えればスピードや威力に影響が出てしまう。そこで父は、魔法弾を銃弾として扱うことでこの問題の解決に図った。
というのも、銃弾ならば技能こそある程度必要なものの、小さな魔力でも音速に近いスピードと、命中すれば致命傷にもなれる高威力を生み出せるのだ。
発砲を火薬に任せ、弾頭に魔力を集中させることによる魔力の大幅な節約は、恐らく魔法界に革新を与えるような発明であろう。
しかし、父の発明は受け入られることはなかったのだ。
上流貴族には魔力量、魔法技能に長けた純血の魔法使いが多く、その多くがそんな自分達とは違う人々を差別し虐げる『純血主義者』だ。
発言力、影響力を持つのは上流貴族達は次々に父の発明を異端視した。
中には闇の皇帝と絡めて『闇の皇帝に次ぐ魔法界への脅威』だとか『非魔法族の猿真似をする田舎者』だとか、散々なことを言う貴族達もいたらしい。
だがなぜここまで言われるのだろうか。
答えは簡単だ。
自分達が威張れなくなるから。
貴族達は魔法の差でこれまでその地位を維持していた。
力による支配だ。
しかし、誰でも簡単に強力な魔法に匹敵する力を扱える武器が生まれてしまえば力の差は一気に埋まってしまうだろう。
さて、話は戻るが私が学園に入学させられた理由は、魔法界での魔法武器の売り込みだ。
私自身が広告塔となって学園で戦績を収めれば、より多くの人々にその存在を、利便性を周知できるのだ。
しかし、父の本当の思惑はこんなことではない。
異端視される暁の現状を私に体験させることで心身を疲弊させ、私が邪魔をしないようにしようとしたのだろう。
実際私は初等部の頃から苛烈なイジメを受けていた。
上流貴族の子供達が集まるバルクロフなのだなら当然かもしれない。
教授の中には理不尽にも加害者の生徒達を擁護し、私を悪者扱いする者もいる。
疲れていた。
泣きそうだった。
憎悪さえ渦巻いていた。
だが、そんな私を支えてくれたのがお祖父ちゃんの言葉。
『眞視よ。我等の才は国を守ることに在る。我等の才は我等の大事なものを守ってこそ誉れなのだ』
その言葉に支えられて私は一心不乱に努力を続けた。
射撃の練習を欠かさず行い、勉学にも精を出した。
8年……9年経ったろうか。
ようやく私の周りにも理解者や友達と呼べる存在が現れた。
だが、この少し前まで実は気付けば私は自分の殻にこもっていた。
それを破ってくれた、友達や理解者のできるキッカケになった……あの真っ直ぐな先輩の話は、また今度にしておこう。

「私は、私の才を、大切な人のために使う。みんなを守るのが私の誉れだから」
私、頑張るわ。
きっと、大切な人達を守るために強くなる。
日の本を守るために力を磨く。
だから見守っていてね……





おじいちゃん


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2019/08/26 (Mon) 00:09:18 幸せなボケ老人

          Rolf=Yvoの血縁者(仮)の幸せなボケ老人の独り言


幸せなボケ老人はある名家の生まれで、幸な事か、不幸な事か第一子、男としてこの家に産み落とされた。
優れた教育を受け、才を受け、両手で抱えようとしても溢れ落ちるほどに沢山の優れたモノを受け渡された。
それは他の家でも変わらぬことだったと思う。御家がどうとか、そういう事が何よりも重視された時代で、ソコに大人たちは全ての重みを置いていた。生き辛く、呼吸がしにくい世の中だった。
子供たちはそんな世の中で必死に勉学に励み親の言葉に頷き、それを吸収して遊んだり悪戯をしたりしていた。





洗脳だった。





洗脳の日々であった。世界の理に従わせるための大人達が束になってタダシイにした世界の理に背かぬようにと、謀反を起こさぬようにとした洗脳の日々であった。


毒親の考えは棄てろ、と曾ての友人は悲しそうに笑っていた。
今になって思えば、其が心優しい友人の口癖だったと思い出した。


老人は生活の為に大きな大きな墓地で墓守をしている。
曾ては御家がyes,と言った仕事に勤めていたが今はもう籍を置いているだけで老人は隠居するべく墓守の仕事で生計を立てている。
老人の家には人が寄り付かない。
それは老人の人格が破綻しているだとかそういう理由ではなくて立地の問題である。
墓守をしているのだから老人の住んでいる場所は墓地の直ぐ側。
修道院のような古めかしい邸に一人暮らしている。
絵を描いて、工作をして、歌を歌って、老人は訪問者を待っている。
来るのは、仕事の人間か墓参り。
あとは、あの子だ、 


Yvoの御家には混じっていない遠い島国のマグルが使う訛り言葉
嘗て深い深いタンザナイトの瞳
今は沈んだ両親の面影
シトリンの目で

土産噺を、携えてやって来る。



「じいさん、来たで」と片手を上げてトッ散らかった机の向かいに腰を下ろすのだ。







許しがたく悲惨な事件があった。
惜しみがたくも事件の首謀者はYvo家、31代目当主だった。
御家に属する末端のものから本家筋迄被害は蝕み、ほとんどのものが亡くなった。
Rolf=Yvo、セイゴ=シマはその時の事件の渦のなかで唯一生き残った人間だった。
婚約者の為にこの国へ訪れていて不幸にも挨拶がてら来た何も関係のないこの御家で、セイゴ=シマは何もかも失われた。
婚約者、両親と義母、義父。
そして自らの人生も。
たった二時間という拙い間に失われた。
可哀想だと、月並みな薄っぺらい言葉しか出てこなかった。

言えなかった。

だって、彼はあの時に御家から喝采の拍手を浴びていたのだから。
よくやった、あいつらを殺した、殺してくれたのだと喝采を、


愛してたというシトリンの目で一心に拍手を贈る御家の人間と関係者を捉えていたのだから。 



あの子を楷謔のひとつも吐けずに抱き締めたのは正解なのであろうか今もその事を思い出すと水中都市で曾てあった人々の営みをなぞっている様な寂寥の念を押し付けられているみたいで答を聞けずにいる。









好きなものだけを食べていたら早死にするかなって思うだけで終わらせて
好きなものだけを思い出してたら爺らしくないかと思うだけで終わらせて
好きなものだけを覚えていたらボケて仕舞うんだと思うだけで終わらせて


好きなものだけを食べて、絵を描いて、工作をして、歌を歌って、

その間にもせかいは美しいく彩られているのだろう。


   



今日も老人は歌を歌って御伽噺のアフターストーリーの登場人物のように現れるのだ。




「私?私は幸せさ。もうボケているだけかもしれんがね世界は今日も見逃してくれているんだ」

          








             セイゴ=シマの血縁者の幸せなボケ老人の独り言

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2019/08/26 (Mon) 00:34:54 独白という名目のくだらない話

春が来ると死にたくなる。なんて最初に言い出した輩は今すぐにでも殺すべきである。

春は息吹の季節とされている。長い冬を乗り越え、厚い雪を押しのけて新芽が息吹くその姿に涙を流すものさえ居るらしい。曰く、人類にとってその生は美しいものであるという。その割には、人類が無くなった時には、道連れと言わんばかりに花の死骸を死者に手向けやがる。その辺りは僕には理解できない。目には目を、死骸には死骸をということなのだろうか。なるほど、合理的である。

最近の人類は長ければだいたい100年くらいで死ぬ。これは経験則である。寿命はここ数百年の内に随分と長くなったように感じる。昔は100どころか50までに命を落とす者も珍しくなかったのに。生きやすい時代になったのだろうか。死にづらい時代になったのだろうか。それとも私がただひねくれているだけなのだろうか。何なら死神が人類の寿命の設定をバクらせてから放置しているだけかもしれない。今日はそれで納得しておく。もっと偉い神に怒られて、慌ててデバッグする日がいつか来ると考えれば面白い気がする。

理由はともあれ、人類は自由な時間を得た。死が遠のいた事により、死ぬまでの暇をつぶす必要性が生まれたのだ。余生ともいうらしい。生ものを余して腐らせるくらいならば早急に捨てたほうが清潔ではないのだろうか。なんてことを言ってしまうと、見ず知らずの他人が道徳を盾に倫理の刃を振りかざしてくる。何とも生きづらい世の中だ。言論の自由の女神が泣いている。無論、原因は玉ねぎだ。神は誰かのために泣けるほど暇ではない。

人類は探求心によって発展を続けてきた。明日消えるかもしれぬ命を削り、明日へ生を繋いでゆく。その繰り返し。人が何かに熱中できるのは、自らに永遠が存在しないことを知っているからなのだろう。いや、その意志さえあれば永遠の中でも生きていけるのだろう。けれども、意志無くただ永遠を与えられれば、それは地獄に生き長らえているのと同じ事だ。とはいえ、俺は地獄に堕ちたことはないし、堕ちる予定もない。住めば都というくらいなのだから、案外良いところかもしれない。嫌になったら帰ってくるだろうし。

人間の霊魂は心臓、影、名前、魂、精神、によって構成され、そしてそれを受け入れるための器が必要であるとした伝承が存在する。彼らは死後に魂と精神は結びつき、第二の誕生を果たすとした。とすれば、拍動を止めたまま生き長らえることは、即ち死を意味するのだろうか。わたしは神ではないのでわからない。来週辺りに、三丁目の神に聞いておこう。いや、やっぱり面倒だからあと300年後くらいに聞きに行こう。もちろん憶えていたらの話だが。

なんてくだらない事を一年かけて考えているうちにまた春が来てしまった。あぁ、

「死にたい」

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2019/08/27 (Tue) 01:51:11 蛇足

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『エドガー教授と』

シナリオ通りだと彼は言った、自分は味方だから心配しなくとも良いと。シナリオ通り?運良く死者は出なかったが少なからず負傷者は出た。なんて悪趣味な脚本なのだろう。信用、出来るはずがない。「アビゲイル先生は、グリムリーパーのアベル・エヴァンズなのです。彼はスパイ、味方だと言い張っていましたが、とても信用出来ません。」生徒が傷ついたことを憂い、生徒に頭を下げた、エドガー教授ならば。「……学園をよろしくお願いします。」


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『仮面舞踏会にて』

グリムリーパーにそう知り合いなどいる筈もなく、壁の華を決め込んでいた。会話の輪から外れて、ワイングラスを片手に壁際でひとり佇んでいる。
今夜の仮面舞踏会の主催よりグリムリーパーの目的を聞かされても、「ああ、そう。」とシンプルな感想しか出てこない。闇の帝王やらに心酔もしていなければ興味もなかった、アーサーを此処に引き留めているのはただならぬ闇の魔法への関心のみ。それよりもまさかヨハネス・オットー・フォン・オーヴィッツがグリムリーパーの一員だったとは。驚き反面、納得もする。自他とも認める純血主義だと知られていたからだ。非魔法使いが好きなアーサーの父親はオーヴィッツ卿を毛嫌いしていた。同じ魔法省勤め、とはいえ重職とかたや閑職だ。息子であるアーサーのかおを知っているとは思わないが。

ワインを揺すってはオーヴィッツ卿の話に静かに耳を傾けていたが、自分を含める新人を前に呼ばれれば身体を緊張させる。アグネスにグリムリーパーに誘われた際、決して学園や家族を捨てる覚悟が出来ていたかと問われると、否。普通ではない闇の魔法への執着はそれだけ強い劣等感の証なのか。闇の力を目の当たりにして魅了されたのか、手に入れた魔導書の魅力に掛かっていたのかは定かではない。




浮かび上がった聖痕にどんな気分か問われれば、
「最悪の気分だよ。」と心の内で答えた。


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『おにぎり』
「へえ、これがおにぎりか。」

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補足的なあれそれ。
増えたり減ったりする。

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2019/08/29 (Thu) 04:08:32 To Here and the Somewhere

「────ッ、はァ」

泥から這い上がるような、粘ついた目覚めだった。最初に視界に入ったのは、薄灰色のざらついた天井。剥き出しの蛍光灯が陰鬱な光を放っている。酷く気怠い、頭痛もする、末端の痺れも、狭窄する視野も、何もかも鬱陶しい。身体にシーツがかけられていた。硬いばねのような感触が腰の下にある。ベッドだ、寝心地が良いとはお世辞にも言えないが。体を起こし、目を落とす。病衣に似た簡素な白い服を着ている。見覚えのない服だった、いつの間に着替えさせられたのか、病院に運ばれたのだろうか。周囲を見渡す。小さな部屋だ、つるりとした灰色の壁、その一角にドアがある。飾り気のない、木の板にドアノブが付いた程度のそれ。床は無機質なリノリウム、窓は灰色のカーテンの奥に隠れて見えない。調度品と言えば、自分が腰掛けているベッドと、傍に置かれた三脚の椅子、小さなテーブル。蛍光灯の人工的な光に照らし出された、息苦しい部屋だった。魔法界の建築物にしては、やけに無機質で、近代的な。

……何処だ?病院と呼ぶには、あまりにも殺風景すぎる、監獄の独房のようだ。どうして、俺はこんな場所で寝ている?気怠さを振り払い、記憶を辿る。自分に関する事柄は、支障なく覚えていた。ジョンス・スタージョン、十八歳。ヴォルトハルム魔法魔術学園、高等部三年、ティンダルターナー寮。確か先日は、学園の外へと抜け出して──ああ、そうだ。ようやく思い出した。本当に先日かどうかは、確かではないが。確か、無断外出の最中も、学園に置いてきた『輝く断片』を操作し続けて、過負荷で倒れたのだったか。思考の靄をすっかり吹き飛ばした頃に、部屋の角の扉が開け放たれた。姿を現したのは、底冷えするほどに怜悧な雰囲気を纏った、一人の女だった。

「へェ、もしかして、お前が"これ"を?恩に着るぜ、我が愛しの鴉姫殿」

「──相変わらず、口の減らない男だな、きみは。
 じい様の事付けがなければ、今ごろは野垂れ死んでいたはずだ、そうすれば良かった」

差し出された水を呷り、空になったコップをテーブルに置く。その女──ノエルが進み出て、グラスに新しい水を注いだ。微かなレモンの香りが鼻を通る、気付けには丁度良い。ベットの横に据え置かれた椅子に腰を下ろして、不満げに俺の顔を見据えている。好い女だ。いちいち細かい指示を出さずとも、相手の意思を汲んで適切に行動する。見た目や言葉遣いは冷淡そのものと評すべきだが、その行動原理には良心や道徳、あるいは単純な他者への善意が根づいてる。本能的に気に食わない人間でさえも、人間そのものを好いているのでは、満足に嫌うことも出来ないのだろう。一見して、他の何者にも縛られずに生きているのに、その実は自分自身に縛られているのだから、何とも愛い女である。実家のメイドや父親の秘書の中にも、ノエルほど気の利いた女はいなかった。

濡羽色の長髪を、結うことなく腰まで流している。目立つ類の美人ではないが、凛と伸びた背筋や四角いフレームの眼鏡が、理知的な印象を与える。その奥にある切れ長の黒い目や、背の低い男を見下ろす上背、その立ち姿に纏う怜悧な雰囲気が、見る者──特に、彼女が嫌う類の輩──の視線をたびたび奪うことを、ジョン・スタージョンは知っていた。彼女が己に向けられるその視線を、酷く嫌悪していることも。年齢は、同じく十八、生まれの季節は冬の頃、全くお似合いと言える。不躾な思考を感じ取ったのか、ノエルは溜め息を吐き出して、億劫そうに言葉を紡ぎ出した。

「まあ、いい。きみは、殺そうとしたところで、簡単には死なないだろうからな
 ──ところで、なぜ倒れていた。また喧嘩でもしたのか?粗暴だな、獣でもきみよりは酷くないぞ」

「はははッ、手厳しいなァ。もっと優しく接してくれよ、まだ痛むンだ、特に頭が」

「無様だな、普段から頭を使わないからだろう
 ──いや、全く忌まわしいことに、きみは頭の働くほうだったか、小賢しい男だ」

「はッ、お前が言うかァ?
 魔能力の訓練中に、過負荷でブッ倒れたんだよ、無様って言葉は間違ってねえな」

大した意味のない、ただ皮肉と悪意だけは込められた言葉を交わす。ノエルはベットの下から取り出した器に、魔法で呼び出した冷たい水を注いで、それに浸したタオルを精一杯に絞り──手伝ってやると、大変に嫌な顔をするのだろう、指先が痺れているのが何とも惜しい──取って、「せいぜい、頭を冷やすと良い」などと、やはり皮肉交じりに額へと投げつけた。大部分が占領された視界から垣間見える、床に落ちたタオル。今額に乗せている、というよりは顔を覆っているそれと同じものだ。きっと、身体を起こしたときに、滑り落ちたのだろう。床に手を伸ばす男の上体はベットに押し付けられて、ノエルは拾い上げたタオルを器の中に放り込むと、深いため息を吐き出しながら立ち上がった。

「きみ、わたしに押さえつけられるほど、か弱い男だったか?
 まだ本調子ではないのだろう、しっかりと休め。学園がどう、とは言わせないぞ」

「まァ、その通りだな、正直今も死にそうだ。晩飯は肉を山盛りで頼むぜ、ハニー」

「寝言は寝て言え、きみの冗談に付き合うほど、わたしは暇ではない。
 ──それで、何の肉だ。牛か、豚か、鶏か。羊だの何だのを頼まれても、用意できないぞ」

「ハニーの作る料理なら、何でも美味しく頂くさ。……鶏で頼む、胸肉だ」

「きみの恋人になった覚えはない。それと、期待はするなよ、料理は得意ではないからな」

「食えたら十分だ。それと、カーテンを開けてくれ、星が見たい」

最後まで冷淡な調子を崩さなかった女の背中を見送って、ジョン・スタージョンはベットに体を横たえた。去り際に開かれたカーテンの奥の、小さな丸い窓から星を見上げて、大きく息を吐き出した。自分の限界を確認できたのは結構だが、そのまま路上で気を失って倒れてしまうとは、彼女の指摘は全く正しい、無様にも程がある。未だ痺れの残る右の掌を持ち上げて、ゆっくりと開き、閉じる。感覚を確かめるように、掌の上に『輝く断片』を作り出し。──そうして、気絶するように眠りに落ちる。掌の上を滑り、床に転がり落ちた光の塊は、静かに、ゆっくりと、霧が晴れる様に、細かい光の粒の群れとなって、空気に滲んで、そうして消えていった。



          §          §          §           



初めてかれと顔を合わせたのは、じい様のお屋敷に足を運んだ時だった。

かれは泥にまみれたローブを乱雑に脱ぎ捨てて、爺様の私物のハンカチで顔の血を拭っていたから、脱いだ外套をコートハンガーに掛けるのを忘れたままに、つい蹴り飛ばしてしまったのを覚えている。ほんの少しも手加減せず、助走をつけて思い切り蹴ったはずなのに、かれはふわりと後ろに飛んでみせて、それから私を嘲るように笑みかけたのも、つい昨日のことのように思い出せる。爺様が事情を説明してくれなかったら、私はきっと『絶対死の呪い』を使っていただろう。今でもかれのことは呪われるに値する俗物だと思っているけど、じい様から頼まれたので、見逃している。こうして看病するのも苦痛でしかないが、じい様の事付けがあるので、そうも言ってられない。

かれ、ジョン・スタージョンという男は、わたしが最も忌み嫌う類の人間だった。かれは誇りある純血の家督を継ぐもので、然るべき重責を担っているはずなのに、立ち振る舞いには少しの気品もない。自由奔放に動き回り、他者の気持ちを知りながら、それを慮る事をせず、何をするにも自我を貫き通す。じい様がわたしの事をかれに頼んだと知った時は、驚きのあまり手鏡を机に叩きつけてしまいそうになったほどだ。そのわりには、今日のように私がかれの世話をするばかりで、かれに守られたと感じたことは一度も無い。確かに、悪漢を追い払ってくれたことはあったが、あれはきっとかれの目的に関わることだろうし、私でも追い払えるのだから、役に立っているとは言い難い。

特に、こちらの気持ちを考えない、というのが問題だ。じい様がいつ戻られても良いように、じい様のお屋敷のお掃除に出向き、そのお屋敷が半壊していた時などは、さすがにかれの身を案じたものだ。今、あの屋敷の鍵を持っているのはわたしとかれの他には、この街には居ない。屋敷を半壊させてしまうような人間も、わたしの考える限りはかれしか居ない。だから、自然と彼の身に何に何かあったことは把握できたし、かれもわたしが心配していることは知っていたはずだ。それなのに、数日遅れて一行と少しの手紙を寄越すだけで、私に顔を見せに来ようともしないのだ、同じ学園に通っているのにも関わらず、だ。

極めつけに、今日の『これ』だ。かれは、わたしの事を困らせようとしているとしか、思えなかった。目元を拭い、大きな窓から見える星に、願いを掛ける。かれとは違って、星のことには詳しくないのだが、きっと神様は、誠実な者の願いを聞き入れてくれる筈だ。

「──ここに、そしてどこかに、かれの魂が休まるところが、ありますように」

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2019/08/29 (Thu) 13:53:46 アーサーという男

空には雲ひとつなく、春麗らか、という言葉が相応しい。校内は暖かな空気で満たされている、そんな五月のこと。

「はぁ。チビ共、男子はもっとトイレを綺麗に使ってくれ……。んん……!?」

トイレ掃除を終えたドン・オルブライトが見たものは、廊下を歩くゴミ箱だった。先ほどゴミを捨てに行った時にはただのゴミ箱だった筈だと瞠目する。しかもなにやら陽気な歌を歌いながら、大きな口からつばを飛ばすようにそこらじゅうにゴミを振りまいているではないか。折角掃除したばかりだというのにまたやり直さなければならない、用務員は怒りに身体を震わせた。
そんな様子を遠巻きに眺める生徒達のなかに忍び笑いする者がひとり混じっていた。斜めうえに吊り上がる口角を手のひらで覆い隠すが、隠し切れない笑みがくつくつと溢れる。用務員はその笑い声を聞き漏らさず、するどい眼差しを向けた。その人物は慌てて逃げ出して、用務員に背中を向けるとべっと舌を出す。後ろから怒声が飛んだ。
その様子を見ていた同じ寮の女子生徒に「また、やってる〜。」とくすくすと笑われる。
アーサーは用務員から過去にきつい仕置きを受けているのにも関わらず、懲りずに悪戯を繰り返していた。最近では如何なる方法で証拠を残さずに用務員の目を掻い潜るか、熱心だった。
女子生徒に笑われても気を悪くする事はなく、にかっと歯を見せて笑ってはピースをする。
アーサーという人間は、ひとを驚かせるのが好きな悪戯少年だったが、そればかりではなく根からの目立ちたがり屋だったのだ。

悪戯に加えて、授業も真面目に受けているとは言えないので教師陣からの心象は良くない。特に座学では居眠りばかりで、先日も魔法史学の授業中に分厚い教科書の角で叩かれていた。
だが、何度お叱りを受けたところでアーサーは態度を改めはしなかった。どうせ真面目に魔法を勉強したところで天才には敵わないと決め付けていたからだ。
父親は魔法省の閑職勤め、母親はただの専業主婦。これといって取り立てて特別紹介する必要もない、平凡な家庭。
入学当初の希望と夢でいっぱいの少年は何処へやら、いまではこの通り不貞腐れていた。



ヴォルトハルム魔法魔術学園の図書館の壁面を覆う書架には何万冊の蔵書が収蔵され、それにくわえて何千もの書棚に、何百もの細い通路があり、とても広い。古い本の香りと荘厳な空間の中では誰しもヴォルトハルムの歴史を感じるだろう。
奥の方にロープで他と仕切られた閲覧禁止の棚があり、教師のサイン入りの特別許可がない見ることが出来ず、上級生が「闇の魔術に対する上級防衛術」を学ぶときだけ読むことが許されていた。

アーサーは卓上に左の肘をつき、返した手首のうえに顎を預けて、もう片方の手で器用にくるりと万年筆を回している。眉根を寄せて目を細めるようにして開いた本を睨み、時折頬に添えた左手の人差し指でとんとんと面を叩く。

「アーサー!なんだ、歴史学の勉強をしてるのか。偉いな。」

名前を呼ばれると退屈そうに万年筆を回していたのを止めて、咎めるような目線を向けた。

「……レオン。なにそれ、嫌みのつもり?さっきの授業で居眠りしてた罰に課題を出されたの、お前も知ってるだろ。」
「ははっ、そうだったか?隣りの席に座っても良いか。」

返事を聞かずに当然のように隣りの席に座るレオンは何冊もの分厚い書籍を抱えていた。出された課題もないのに自主的に勉強をしているのだろう。相変わらず真面目な奴だと肩を竦めた。

レオン・ヴェルターナはアーサーの友人だ。
ヴォルトハルムに向かう列車の中、偶然隣の席に座ったのがレオンとの出会いだった。
それから組分け帽子に同じ寮を言い渡され、何年も同じ時間を過ごして親友と呼べる程の仲となった。ともに学び合い、励まし合ってきた。しかし何時からか、優秀なレオンに劣等感を抱くようになってしまった。そう、入学当初はアーサーも熱心に勉学に励んでいたのだが、開いていくばかりで追いつかない実力の差におのずと走るのを止めてしまった。
とは言え、普段は抱いた劣等感をひた隠しにして付き合っている。引け目を感じたこちらが申し訳ないと思ってしまうほどに、レオンは出来た人間だった。今だって不出来なアーサーを思いやって、「分からないところがあれば聞いてくれ。」と課題の手伝いをしようとしている。

「大丈夫だって。こんなのテキトーにちゃちゃーっと終わらせちゃうからさ。」
「アーサー……、また先生にどやられても知らないぞ?」
「へーき、へーき。」

アーサーは出来るだけ大きな文字でレポート用紙を埋めようと奮闘していた。それを呆れた表情でレオンは見る。

「それが終わったら一緒に夕飯を食べに行こう。」
「構わないけど、お前。その本はどうするの。レオンが読み終わるまで待ってたら夕飯を食い損ねちゃうよ。」
「良いよ、借りていくから。」
「それを全部?へぇ、筋トレも兼ねられていいね。脳みそまで筋肉になるなよ?」

相変わらずのアーサーの減らず口に、仕方がない奴だなとでも言いたげにくすりとレオンは笑った。




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アーサーという男は自己評価が低い癖に承認欲求ばかりが強い、そんな小さな人間だよ。というお話し。

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2019/08/29 (Thu) 21:51:27 悪女の肖像

 ギャンブラーにして連続毒殺犯、マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人。赤字夫人にしてオーストリア女、フランス王妃マリー・アントワネット。マリー、メアリー、メリー、この三つの名を同じとするならば、ブラッディ・メアリーことイングランド女王メアリー一世に夫殺しのスコットランド女王メアリー・スチュアート。『マリー』という名の女にはどうにも、『悪女』と罵られるような人間が多いように思えてならぬ。そう、斯く言う自分も『マリー』だ。マリアンヌ・リヴ・アンクティル、愛称にして『マリー』。そうして自分も悪女と罵られ、また行いの全てが白日のもとに晒されれば、さらなる罵倒を受けるであろう身の上だ。無論全ての『マリー』が悪女と呼ばれ、悪女に相応しい末路を辿ったわけではない。ないが、人間という生き物はどうにも、良いものより悪いものに目を向けがちであることは否定できぬ。
 等と、そのようにとりとめもない思考を巡らせつつ、目の前の女子生徒が己れを悪女と罵るその声を、マリアンヌは淑やかな微笑みのままに黙して聞いた。顔を歪め、また興奮に赤く染めて、思い付く限りの言葉で無抵抗の相手を罵る人間の方が端から見ればよほど悪女に見えはせぬか。元は可愛らしいのであろう顔は憎悪に見る影もなく、百年の恋も醒めはせぬかとマリアンヌは思わず案じてしまった。その間にも女子生徒は罵声を浴びせる。悪女、売女、他人の男をたぶらかす性悪女、よくもまあ末尾に女、とつく言葉ばかりが出てくるものだ。微笑みを浮かべていた唇が、つい、微笑みを通り越して笑みと呼べるであろう深さのそれを刷いた。相手がそれに気が付かぬはずもない、なにが可笑しいと喚く声はいっそう高く響き、きんきんと辺りに反響した。背の高い壁に囲まれた狭い空間というものは音がよく響く。

「──『好きだ、君がどうしようもなく好きなんだ、好きだ、好きだ、愛してる。愛してるんだ。だからどうか、俺を傍に置いてくれ。君のためのものとしてはくれまいか』──貴女が先程から返せ、返せとおっしゃる方、わたしにこう言ったの。膝をついて、わたしに乞うたわ。貴女の言う通り、貴女というものがありながら、ね」

 唐突に口を開いたマリアンヌを間の抜けた顔で見ていた女子生徒は徐々にその間の抜けた顔を般若の形相へと変えていくだろう。鈴を転がすような声が貴女というものがありながら、と語った時にはもはやつかみかからんばかりの勢いであった。マリアンヌは微笑みを深めたその顔のまま、少しの動揺も見せはしない。そのうちに騒ぎを聞き付けた教師がやって来て、泣き喚く女子生徒を取り押さえ、特に何事もなくマリアンヌは『被害者』となった。勝手に好かれ、勝手に恨まれ、勝手に罵られた、哀れな少女。今回は本当になにもしていない。勝手に相手が自分に落ちただけ。しかしながら、とくに女子生徒と親しかった生徒たちはそうは思うまい。あの女、あの女がまた、他人の男を横取りした。おまけに、横取りしておいて大切にするでもなく捨て置く。なんと嫌な女であろう、少々美しいからといって、この人でなし、云々。好きなだけ言えば良い。なんとなれば、そのようにひそひそと囁き交わすしか出来ぬ臆病で愚かな人間であっても、この己れが愛してやろうではないか。ちなみに以前、先程のように罵られた際、好いてくれと頼んだ覚えはないと返したところ平手で頬を叩かれた。なかなかの勢いがあり大層痛かった上、口の中を切った。それ以来、その事実は相手の神経を逆撫でるのだと心得て告げどころは選ぶようにしている。難儀なものだ。それにしても、悪女。悪女、か。己れは悪女と呼ばれるに足るほどの器を持ち合わせているのだろうか?
 どの『マリー』も、己れが目的のためには手段を選ばなかった。マリー・ド・ブランヴィリエは安全に父親を毒殺して遺産を手に入れるため、救貧院の患者に毒入りの食べ物を差し入れてその致死量を探った。マリー・アントワネットは民の窮乏を余所に己れの欲を満たすべく贅沢三昧、国庫を圧迫した。メアリー一世は宗教改革のため女子供を含む三百人のプロテスタントを処刑した。メアリー・スチュアートは愛人ボスウェル伯爵と再婚するため、夫ダーンリー卿を殺害した。どの『マリー』にも、なんのためにそれを行ったのか、という根拠が、存在した。またただの小悪党と片付けられない、どこか美しさすら孕む『悪女』という単語で形容されるだけの器が、あった。その行いにはなんらかの美しさが、鮮烈さが、刺激性が、人のこころをつかむものが、存在した。女の美しさには価値がある。再度問おう、果たして己れは、その器足るか?

 ……そんなことは、どうでも良い。

 悪女だの器だの、そんなことは些事である。他人が自分をどう言おうが、それを気にかける余暇は己れには存在していない。死んだように生きたくない。望みなぞ、そのひとつしかない。そのひとつきりだ。光のない、硝子玉のような濁った瞳が脳裏をよぎる。生きていても人は死ぬのだ。生きていても、人は、死ぬ。生きたまま死ぬなぞごめんだった。あの濁った瞳に恐怖したその日から、恐怖に追い立てられて歩いている。あの濁りが自分の瞳に生ずるのが怖くてたまらない。だから歩く。生きたまま生きるために、こころを燃やす。燃やすこころを取り戻すために、いのちを燃やす。記憶はこころであり、こころは命よりも重い。命のためにこころを惜しむなぞごめんだった。

「──死んだように、生きたくないの」

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2019/08/29 (Thu) 23:36:47 目的などない

目的はなんですか、とぼんやりとした輪郭で問い掛けられれば答は。
エンバーミング
生まれ故郷の言葉で、遺体衛生保全。
永久保存処置を施すのが、己の最終目的だと言えよう。

寒さに凍えぬよう、暖かな寝台の上に寝かせよう。
腐りかけの身体に絹を繕おう。
腐敗し消えた眼球を準えて、貴女の瞳に少しだけ似た宝石を埋め込もう。
色を亡くした唇に紅を差そう。

始めは、そんな彼女を見送るために着飾ってやろうと思っただけだった。
マグルの医者が、それくらいならばと物言わない彼女と二人きりにしてくれた。
話せることなどないのに、この人はもう二度と声帯を震わすことが叶わないのに。
まるでバケモノに喰われたみたいに、身体中が逆立って息が苦しくなった。

ああ、この人を助けてあげなくちゃ

幼稚な根拠もない、独り善がりな感情。
そのときの自分は随分と不安定で深く色濃かった目がすぅっと色を落とした時みたいに全ての思考が落ち崩れた。奪い去ろう。まるで貴女が幼い頃憧れた王子のように、貴女を奪い去ってやろう。
この行為は、きっと自分一人のものじゃない。彼女の願いでもある、と。
思い込んだ、思い込んで実行した。
静かに永久の眠りにつく彼女を盗んだ。
抵抗もしない、出来ない彼女に微笑んで抱き上げた。
でも、彼女の綺麗だった瞳に微笑みかける自分は写らなくてただ彼女の青白い頬に水滴が落ちるだけだった。


「彼女を俺の眷属にしました」
つい数日前に家族になった父親にそう告げれば、そうかと長い時間をかけて頷かれた。
パリッとしたシワのないシャツと裏腹に彼の表情は妙に頼りなかったように思う。
ああそうだ、家をなくしてフラフラと裸足で歩く子供を見てる子供を持つ父親のような。
あの人は、父親になろうとしてくれていたのかもしれない。
もう、確める術はないけれど。



人間という種族における死、というモノはざっくりと分けて二種類存在する。
生物学的死と、心理学的死。
生物学的に死んだと言えば心拍が停止して二度と心拍が動くことがない状態になってしまうこと。
単純明快でこれ程分かりやすいことはない。
例え、臓器移植云々等と言う問題さえも絶対的に揺るがない確実的な死である。
そこに下らない感情の御託は要らない。
逆に心理学的死、なんて言ってしまえば下らない感情の御託のオンパレードで、
その人の死生観だとか、自己顕示欲だったりとか、被害精神とか、信仰心とか
いろんなものが明るみになる。
排他的な人になったら、死んだも同然。
私は死にながら生きてるの
こんな生活死体でダンスしてるのと同じだ
最早、言葉も発っせない人。
植物人間、というマグルの世界ではよくある人間の状態。死期を科学と医療というものによって長めることがある。それは、そうなってしまった人は生きてる?死んでる?
物言えない口とピクリともしない身体で。

死体だ。

ソコに、生き返る可能性があるか無いかの違いだ。
体が腐敗してガスが出るか出ないかの違いだ。
たった、そんなことだけだ。
ならば、彼女を奪い去って、植物人間のように綺麗なまま眠らせてやろう。
そうすれば、彼女はまだ生きてるんだと形だけは取り繕える。
素晴らしいことではないか。
それだけで、良いじゃないか。
そこに思考は存在しない。
ただ、彼女と居たいだけ。


目的はなんですか、と問われればそれは、無いと答えよう。
これは、目的なんかじゃない。

義務だ。
彼女の願いだ。
俺の、願いだ。
永遠を誓い合った約束を守りたいだけなんだ。

幼い子供のような全ての辻褄が合わさらなくて下手な論理で飾った愛で、
男は朗々と謳う。



これは、永遠の愛だと。

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2019/09/09 (Mon) 19:01:59 感謝感激、左様なら

この成りきりに参加できて良かった、とロルフ始め、皆様に惜別の気持ちを込めて。
最後の小話。


思えば、瞬きをする間に過ぎ去るようなそんな出来事だったのだろう。
ヴォルトハルム魔術魔法学園をぼんやりと眺めながらロルフ=イーヴォは思考する。
別段、ロルフ自身の人生に何か大きな変動をもたらすことは無かったが濃く、酷、中々にスリリングな学園生活だったと、何度も崩壊しその度に修復されてきた歴史的由緒がある校舎を忘れまいと、いつか忘れるだろう景色を角膜に写し取った。



ロルフは一連の大事件に深く携わった生徒ではなかった。
ただ、平凡に学生らしく逃げて逃げてようやっと事の次第を耳に入れた。
それでも、聞かされた話は辻褄が合わないしどこか非現実的な動機だったことから真実ではないのだと悟った。居なくなった生徒然り、教師など。学園から姿を消したものも多くいた。
でも、それでいいのだと思う。
なにも知らないし、知ろうとしない。
それでいいのだと思う。


いつぞや、深夜の森林公園でマジックショーを開いたとき、拍手喝采を贈ってくれた人物が件の人であっても

いつぞや、友人になろうと菓子を食べた倒れかけていた用務員が素晴らしく気高い地位の者だったとしても

いつぞや、襲撃の際、手を取り合った先輩がどの様に事件に関わっていたとしても

いつぞや、友人になろうと深夜、ベンチで語らい合った女が何者だろうと

自分に関わっていた人間がどうであろうと、ただの学生であるロルフが知るべき事ではないのだ。
ロルフはそれを知っている。
知るべき事ではないのだということを知っている。
それで良いじゃないか。


がらがらと歪な音をたてて煉瓦を転がるキャリーケースを引きながら、何者でも無かった生徒は歩む。
物語を握る黒幕などではなかったし、誰かを救うヒーローでも、物語を変えるトリックスターでも、緩やかに笑う淑女でも、心優しい教授でも、青春を謳歌する学生でも、過去を憂う人間でもなかった。


何者にもなれなかった、なろうとしなかった。

それでも、心は満ちている。満ち足りている。
男はこれから愛する人と生きていくのだ。憂うことも哀しむことも何もない。



がらがら

がらがら

男は歩く。
紫がかった派手な頭と太陽に負けぬシトリンの瞳を携えて、


男はコレを、青春だと蓋を閉じるのだろう。





がらがら、がらがら





                それでは皆様、感謝感激、左様なら

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